共振

彼女のことを初めて知った。 名前を検索して確かめてみたが、私の記憶の中にそれらしき面影はなかった。 彼女は私と同じ高校の一つ下の学年に在籍していたそうだ。同じセーラー服を着て、私たちはあのクリーム色の廊下の上ですれ違ったのだろうか。私が貸出…

意識の水面

太宰治の『女生徒』という小説を読んだのは高校生の頃だから、もう遥か昔のことだ。 自慢できることではないが、私は一度読んだことのある本も、見たことのある映画も、ほとんど内容を覚えていられない。よほど強い感銘を受けた、痺れるフレーズやシーンがあ…

2020年は史上最悪な年だったって言うけど

東京で1300人、日本全国で4500人超えだ。2020年最後の1日に過去最高の数字が記録されていく。 2020/12/31から2021/01/01になることに特別な意味なんてないのだが、今年は意味がないだけじゃなくなんだか虚しく感じる。カレンダーはめくられていくのに私たち…

失くしたもの

たわしを流しと冷蔵庫の隙間に落としてしまい、拾おうとかき出したところ冷蔵庫の下からいろんなものが出てきた。 綿棒、リップクリーム、油性ペン、ヘアピン、計量スプーン、液晶クリーナー、飴………… いきなり物がなくなるというのはよく起こるが実際にはあ…

抵抗

半年ぶりに日記を書くきっかけはnoteの退会だった。 公開してあったものはこちらに移行して、下書きに溜まっていた書きかけのものは潔く中身を見ずに削除し、noteを退会した。 私は何かを決断することが非常に苦手な人間である。決断することに伴って生じる…

会社に置いたままの資料がどうしても必要になり、久しぶりに出勤した。 家を出て5秒で、もう家にいる猫が恋しかった。母が初めて私を保育園に置いて働きに出た日、私のことが恋しくて車の中で泣いたのだと言っていたことを思い出す。 昼時の電車にはもっと人…

今週は月曜からずっと雨が降ったり止んだりしていて、私の体調は最悪だった。 雨音と共に錘がぶら下がっていくように私の体は重くなり、常に緩く締め付けられているように頭が苦しい。手足が冷たくなり、呼吸が浅くなる。この緩やかな地獄のようなしんどさを…

私が日記を書いている場所

もう通院の日が来た。月に一度精神科に通い、1ヶ月分の薬をもらい、毎晩必ず服用している。一晩でも欠かすと悪夢と金縛りにうなされ、目が覚めてからも体に力が入らなくなる。私をなんとかまともに保ってくれている薬が底をつくのを見て、またあっという間に…

昨日、東京で気温が30度を超えたらしい。この間まで部屋で電気ストーブをつけていたのに、私はもう夏物のパジャマを着ている。黄色やオレンジや紫の鮮やかな色面でたくさんのレモンが描かれた、バカみたいな爽やかさで夏を表現している半袖シャツとショート…

化粧

お化粧を覚えたのはずいぶん遅かった。田舎の女子高生だった頃はもちろん、上京してから大学生をしていた4年の間も、いくつか化粧品を試してみては顔に異物が貼り付いているような気がして、結局いつも素顔のまま過ごした。 化粧というものに対してずっと居…

5月

気づけば5月になっていた。 もはや誰一人覚えていないと思うが、ちょうど1年前の5月の始まりとともに年号が変わった。そしてその瞬間を私は精神病棟のベッドの上で迎えた。だから私だけがこの日のことを個人的なエピソードとして記憶している。 4年前の5月に…

年1回の猫のワクチンを打ってもらった。ドーム型の覗き窓がついたプラスチック製のリュック(鮮やかな黄色なのでさながらイエローサブマリン)に猫を入れて、徒歩15分ほどの動物病院へ連れて行く。 この猫はものすごくデリケートだ。人見知りで、うちへ知ら…

家にいる

レコードの収納スペースが足りなくなってしばらく放置していたのだが、思い切ってレコードラックを買った。お金はないのでAmazonでいちばん安くて多く入る物をポチる。翌々日には玄関の横に大きな段ボールが置かれていた。「置き配」は前から利用していたが…

3階の部屋

体が重い。気づかないふりをしていたが、どう考えても重くならない要因を探す方が難しかった。ここ数週間の私の主な行動範囲は、徒歩往復10分圏内のスーパーとコンビニと郵便局、そしてアパート3階までの階段の上り下りだけだ。一方、起床5分で寝巻きのまま…