失くしたもの
たわしを流しと冷蔵庫の隙間に落としてしまい、拾おうとかき出したところ冷蔵庫の下からいろんなものが出てきた。
綿棒、リップクリーム、油性ペン、ヘアピン、計量スプーン、液晶クリーナー、飴…………
いきなり物がなくなるというのはよく起こるが実際にはあり得ない。実はどこかに置き忘れたか、もしくは猫に持ち去られたかのいずれかだ。猫が持ち去るものは小さく転がしやすい物が多く、こうして知らぬ間に冷蔵庫の下にシュートされているのだった。
出てきたものはすべて綿埃まみれだったので、取りあえず使える「電動毛玉取り機のフタ」だけピックアップして残りは捨てた。
子供の頃、物をどこかに置き忘れてきたことに気づくとどうしようもなく悲しいような恐ろしいような気分に襲われた。
覚えているのは耳の垂れた犬のイラストが描かれたピンクの傘と、グレーがかったボディにオレンジの大きなクチバシがついた鳥のぬいぐるみだ。どちらも遠出した時に持って行き、帰りの車中で置き忘れてきたことに気づいた。
すぐに取りに戻りたかった。しかし家は近付いており、親はそれだけのために車を引き返してはくれなかった。
家に帰ると私は布団に顔をつっぷして、途方もない気持ちに耐えた。ただ悲しかったのとは違う。置き忘れてくるぐらいの物だから、そもそも特別愛着があったわけでもないのだ。でもそれは二度と私の手の中に戻ってこない。ではどこに行ったのだ?どこに行ったのかはわからないがここにないことだけはわかる。私には傘やぬいぐるみがどこか異次元の途方もなく大きな宇宙に漂い続けているように思えて、それがとても悲しく恐ろしかった。彼らをそんな空間に押しやった自分がひどい人のようにも思えた。
罪悪感という言葉も知らない頃の話だ。でもあの時布団につっぷして見た真っ黒い空間で感じた気持ちを私は忘れられないし、未だにどう言葉で表現したらいいかわからない。
真っ黒い空間の中で何度も見たから、特徴ならはっきりと思い出せる。だから冷蔵庫の下からでもどこからでも出てきてほしい。でもそんなことは起こらず、今でも私が失くしたものたちは漂い続けている。