3階の部屋

体が重い。
気づかないふりをしていたが、どう考えても重くならない要因を探す方が難しかった。ここ数週間の私の主な行動範囲は、徒歩往復10分圏内のスーパーとコンビニと郵便局、そしてアパート3階までの階段の上り下りだけだ。一方、起床5分で寝巻きのままデスクワークを始める、メリハリのない日々の食生活はジャンクさを増すばかりである。階段を上る腰の重さに、いよいよ私も気づかないふりを諦めた。

 

この部屋で彼と暮らし始めてから三度目の春が来るらしかった。
越してきてすぐ、近くで桜の木が花を咲かせているのを見つけたのに、この部屋の窓が正反対の方角を向いているのを残念に思ったことを覚えている。

 

部屋は私が決めた。
駅から遠すぎず、家賃が安く、そしてなによりも猫を飼える部屋。今現在誰に後ろめたい思いもなく堂々とこの部屋でいっしょに暮らしている猫は、その頃「ペット不可」の彼の部屋でこっそりと飼われていた。彼に拾われ、彼に育てられ、彼に匿われた猫。まあ、当の猫にしてみればいつだって堂々と生きているだけだけで、人間たちが勝手に隠したり引っ張り出したりしているだけだったのだが。
ぴったりの部屋を私がネットで見つけ、彼を連れて内見に行き、すぐに決めた。彼はインターネット環境さえ整っていれば文句はなかったし、私も住環境にこれといったこだわりを持っていなかった。

 

1階の部屋が空いたばかり、3階の部屋はもうすぐ退去が決まっている、そんなタイミングだった。
1階の部屋を見学して、二人ともすぐ「ここでいい」と思った。こだわりがないので、「望ましいものに出会えた」というより、「条件が揃ったからここでいい」という感じ。
ただ、3階の部屋がじきに空くと聞いて、私だけがそちらがいいと思った。3階の部屋の方が、1階よりも家賃が1万円ほど高かった。
家賃を折半することになる彼はしばらく「1階でいいじゃん」と言っていたが、私が絶対に折れなかった。なぜ3階の方が1万円高いのかも、その1万円が高いのか安いのかも、私は完全に理解していた。

 

そうして3階の部屋に私たちは住んでいる。
猫は窓を開けるたびにベランダに出てピンクの肉球を黒くするのが好きで、「1階だったらどこに行ってしまうか心配で窓を開けられなかったな」と彼も私も思う。
そうして毎日上り下りする3階への階段は、私の体が着実に重みを増していることも知らせてくれる。
彼はこのことに気づいているだろうか。
そして私はこんなふうに、彼より何回多く階段を上り、何回多く後ろを振り返り、何回多く暗闇を避けるのだろうか、と思う。

 

 

(noteより移行)