年1回の猫のワクチンを打ってもらった。
ドーム型の覗き窓がついたプラスチック製のリュック(鮮やかな黄色なのでさながらイエローサブマリン)に猫を入れて、徒歩15分ほどの動物病院へ連れて行く。


この猫はものすごくデリケートだ。人見知りで、うちへ知らない人がやってくると途端に逃げてどこかへ身を隠してしまう。イエローサブマリンに入れられるのも大嫌いで、大抵いつも追いかけっこの末にようやく捕まって押し込まれることになる。そして覗き窓から睨みをきかせ、悲壮な声で不服を申し立てる。
移動時に外が見えたら少しでも安心するのではないかと思い購入したイエローサブマリンだったが、実際のところはわからない。
抵抗の末に鳴き疲れると彼女はふてくされて体を丸め、窓なんか見もしない。
道ですれ違う子供にニャーニャーだ、かわいいね、などと声をかけられても、窓から顔を出して見せたりするサービス精神は一切ない。心を許さない相手には誰であろうと無愛想、ブレない生き方にちょっと憧れる。

 

今年のワクチン摂取も無事に終わった。
彼女は今年の夏で5歳になる。もう5歳になってしまう。自分の誕生日は歳を取るにつれ楽しみな日からどうってことない普通の日になってしまったが、猫の誕生日は迎えるたびに胸が痛くなる。私の人生に、また彼女がいない時間が訪れることを想像して、こっそり泣いたりする。

 

我が家にもう一匹の猫がやってきたのは去年の暮れのことだった。
彼女が発見された同じ場所で拾われて、今日からいっしょに暮らしますのでよろしく、といきなり私たちの生活に入ってきたのだ。
デリケートな彼女の動揺ぶりは尋常ではなかった。はじめは露骨に避け、徐々に近づいては歌川国芳の猫又のような恐ろしい顔でシャーシャーと新入り猫を威嚇した。相手が子猫だろうと容赦しない。ブレない生き方。
私は彼女の肩を持った。いきなり自分のテリトリーに入ってこられて、彼女の性格が許容するはずがなかった。
彼女が許さない限り、新しい猫を受け入れることはできない。彼女の気持ちを考えずに新入り猫を拾ってきた彼のことも責めた。

 

彼女が猫又の顔をしていたのは2週間くらいだっただろうか。信じがたいことだが、今では新入り猫が彼女の最愛の存在となっている。
毛を舐めてやり、ちょっかいをかけてはゴロンゴロンと転がり回り、疲れたらいっしょに眠る。
彼女は彼女の人生で初めて、最小にして最大の社会性を身につけたのだった。
彼女が新入り猫の肩を抱いて、二匹並んで暖房に当たりながら微睡んでいる姿を見た瞬間、私は文字通り両膝から崩れ落ちた。

 

最近ずっと家にいるおかげで、私は彼女たちのルーティンを把握した。
朝、人間を起こして食事をねだる。食事のあとプロレスをし(私は受け身を取るのが上手い彼女のプレイスタイルにも気がついた)、昼前から夕方まで押し入れの布団の上で二匹並んで眠る。
この中で私が登場するのは「朝食を出す」シーンだけだ。
私がいようがいまいが彼女たちはこうして日々を暮らしているのだろう、そう思うと不思議と寂しさよりも愛しいような誇らしいような気持ちになった。
私が味方しようとしたり世話を焼こうとしたりするのをお構いなしに、彼女たちは彼女たちのルールで生きている。
そのしたたかさにやっぱり憧れる。

 

 

 

 

(noteより移行)