昨日、東京で気温が30度を超えたらしい。
この間まで部屋で電気ストーブをつけていたのに、私はもう夏物のパジャマを着ている。黄色やオレンジや紫の鮮やかな色面でたくさんのレモンが描かれた、バカみたいな爽やかさで夏を表現している半袖シャツとショートパンツ。たまにその格好のままこっそりオンライン会議にも出席している。

 

夏が好きだ。
夏の空気、夏のにおい、夏の音、夏の色、夏の服、夏の食べ物、夏の映画、夏にまつわる全てが好きだ。
夏を愛する私にとって、春は夏への助走、梅雨はいよいよ夏へのカウントダウン、秋は夏の余波に過ぎない。

 

暑いのが得意だからというわけでは全くない。なんなら毎年夏バテになり食欲が失せ体重が減る。
それでも夏は特別だ。夏に起こったことを後から思い出そうとすると、みんな一瞬のことみたいに感じられる。楽しかったことも、しでかしてしまったことも、本当に私の身に起こったことだっけ?と思うほど遠く短く儚い出来事に思える。
それなのに、夏に撮った写真を後から見返すと、その一瞬のうちに何回も洗濯して着たTシャツの肌触りや、何回も剃った脇の下を汗が伝う感触や、何回も塗った日焼け止めと汗の混じったにおいなんかがぶわっと蘇る。

 

私は四季のある国に暮らすのが向いていないのだと思う。身体的な理由だ。気圧の変化に弱く、季節の変わり目にいつも体調を崩す。冬の寒さと低気圧が偏頭痛と鬱を悪化させる。寒いのが苦手どころではなく生活に支障をきたすレベルで無理なのだ。
だから、いつか南国で暮らすことを夢見ている。本当に夢のように思い描いているだけで、現実的なプランは今のところ全くない。「南国」が具体的にどこなのか、日本語が通じる国なのかどうかも知らない。ただ、そこにはいつも日の光があり、穏やかな風があり、私はいつもワンピース一枚か襟の開いたシャツにショートパンツを履いて、サンダルを突っかけてどこにでも行き、喉が乾いたら果物を剥いて食べ、部屋の窓を開け放して音楽を流しながら晩酌をし、酔いの中で心地よく風を感じながら眠る。
そんな穏やかな国のことを考える。誰と生きるのか、どうやって生きる糧を得るのかといった現実的な課題はその夢の国には存在しない。そしてそんな国で生きられたら、人生はきっと一瞬だ。

 

 

 

 

 

(noteより移行)

 

化粧

お化粧を覚えたのはずいぶん遅かった。
田舎の女子高生だった頃はもちろん、上京してから大学生をしていた4年の間も、いくつか化粧品を試してみては顔に異物が貼り付いているような気がして、結局いつも素顔のまま過ごした。

 

化粧というものに対してずっと居心地が悪かった。
自分なんかが化粧をするなんて恥ずかしい、気づけばそう思っていた。
周囲の友人たちが恋やおしゃれに興味を持ち始める年頃には、自分の興味があまりそれらに向かないこと、つまり自分が“女の子らしい女の子”ではないことが自ずと理解できる。そんな私が必死に“女の子”になろうとするなんて考えただけで無様だ。化粧は、そういう行為だった。

一方で、化粧をすることで、社会が要求する“女性らしさ”をいっしょに背負わされるのが苦痛だった。
化粧をすることは、この社会に適合するためのイニシエーションのように思えた。だから私は拒否したかった。男に受け入れられることを至上命題にしている“ありふれた女たち”の仲間になんてなりたくなかった。

 

でも、“女の子らしい女の子”も“ありふれた女たち”も、一体どこからやってきて私の中に居座っていたのだろう。
そして今もどれほどの女の子たちを苦しめているのだろう。

 

部屋に花を飾るように、お気に入りの食器に料理を盛り付けるように、自分を飾ればいい、と気づくまでにとても時間がかかった。
自分を飾ることは自分を殺すことではない。生活を彩ることが生活を殺すことではないように。
私自身が私を慈しめばいいだけのことだったのに、なぜかそう教えてくれる人は少ない。自己否定は死に至る病だというのに。

 

今の私にとって化粧は、生活の中の花だ。私が心地よく生きるためにある。来客があればおもてなしの意味を込めてちょっと気合を入れる。

しかし最近はずっと家に篭りっぱなしだし、外出時はマスクのせいで、生活からこの楽しみが減っているのが悲しい。
だからまた誰かと会えるときのために大切に花を育てる。

 

 

 

 

(noteより移行)

 

5月

気づけば5月になっていた。


もはや誰一人覚えていないと思うが、ちょうど1年前の5月の始まりとともに年号が変わった。そしてその瞬間を私は精神病棟のベッドの上で迎えた。だから私だけがこの日のことを個人的なエピソードとして記憶している。

 

4年前の5月に母が死んだ。
はっきりとその時を境に、私の記憶は曖昧になっている。
仕事でどんなことをしたのか、毎日をどう過ごしたのか、どんな人と出会ったのか、どんな決断をしたのか、どんな失敗をしたのか、そういう日々の記憶がぼんやりとしていてあまり思い出せない。

ただ状況を見れば、私はだんだんと食欲を失い、痩せて、いくら寝ても眠り足りず、ベッドから起き上がる気力を失い、ついには会社に行けなくなっていた。

 

積極的に死にたいと思う気力すらなく、生きていたくないという願いだけがいつもあった。
でもそれは物心ついた時からずっとそうだったようにも感じられたし、そう思わない状態というのを想像できなかった。ただ、酒を飲んで自分の理性を破壊したり、雨音と低気圧の中で目覚めたりした時に、はっきりと死にたいと思った。

 

毎日決まった時間に食事をとり、薬を飲み、眠る。入院中私に課せられたことはそれだけだ。たったそれだけのために私は介助を要した。
そしてたったそれだけがようやくできるようになった頃、私のモラトリアムはタイムリミットを迎え、あの日からは3年が経過していた。

社会復帰して1年になる。
どうしてこんなにいきなりいろいろなことができるようになったのか、自分でもわからない。
薬が効いたのかもしれないし、ただ長い時間の経過が必要だったのかもしれない。
こんなに世界が混乱を来しているのに、今の私は自分でも意外なほど、まともな状態を保っていると思う。

 

死が私たちの生活に忍び寄っている。それも人類に平等にではなく、政治の機能不全と歪な社会構造の影のように、はっきりと濃淡を持ったかたちで。
私は日々強い怒りを感じ、死ぬことが怖いと強く思う。だから私はまともなのだ。

 

雨の気配を感じるだけで死にたくなっていた私には、しばらく会っていない。

 

 

 

 

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年1回の猫のワクチンを打ってもらった。
ドーム型の覗き窓がついたプラスチック製のリュック(鮮やかな黄色なのでさながらイエローサブマリン)に猫を入れて、徒歩15分ほどの動物病院へ連れて行く。


この猫はものすごくデリケートだ。人見知りで、うちへ知らない人がやってくると途端に逃げてどこかへ身を隠してしまう。イエローサブマリンに入れられるのも大嫌いで、大抵いつも追いかけっこの末にようやく捕まって押し込まれることになる。そして覗き窓から睨みをきかせ、悲壮な声で不服を申し立てる。
移動時に外が見えたら少しでも安心するのではないかと思い購入したイエローサブマリンだったが、実際のところはわからない。
抵抗の末に鳴き疲れると彼女はふてくされて体を丸め、窓なんか見もしない。
道ですれ違う子供にニャーニャーだ、かわいいね、などと声をかけられても、窓から顔を出して見せたりするサービス精神は一切ない。心を許さない相手には誰であろうと無愛想、ブレない生き方にちょっと憧れる。

 

今年のワクチン摂取も無事に終わった。
彼女は今年の夏で5歳になる。もう5歳になってしまう。自分の誕生日は歳を取るにつれ楽しみな日からどうってことない普通の日になってしまったが、猫の誕生日は迎えるたびに胸が痛くなる。私の人生に、また彼女がいない時間が訪れることを想像して、こっそり泣いたりする。

 

我が家にもう一匹の猫がやってきたのは去年の暮れのことだった。
彼女が発見された同じ場所で拾われて、今日からいっしょに暮らしますのでよろしく、といきなり私たちの生活に入ってきたのだ。
デリケートな彼女の動揺ぶりは尋常ではなかった。はじめは露骨に避け、徐々に近づいては歌川国芳の猫又のような恐ろしい顔でシャーシャーと新入り猫を威嚇した。相手が子猫だろうと容赦しない。ブレない生き方。
私は彼女の肩を持った。いきなり自分のテリトリーに入ってこられて、彼女の性格が許容するはずがなかった。
彼女が許さない限り、新しい猫を受け入れることはできない。彼女の気持ちを考えずに新入り猫を拾ってきた彼のことも責めた。

 

彼女が猫又の顔をしていたのは2週間くらいだっただろうか。信じがたいことだが、今では新入り猫が彼女の最愛の存在となっている。
毛を舐めてやり、ちょっかいをかけてはゴロンゴロンと転がり回り、疲れたらいっしょに眠る。
彼女は彼女の人生で初めて、最小にして最大の社会性を身につけたのだった。
彼女が新入り猫の肩を抱いて、二匹並んで暖房に当たりながら微睡んでいる姿を見た瞬間、私は文字通り両膝から崩れ落ちた。

 

最近ずっと家にいるおかげで、私は彼女たちのルーティンを把握した。
朝、人間を起こして食事をねだる。食事のあとプロレスをし(私は受け身を取るのが上手い彼女のプレイスタイルにも気がついた)、昼前から夕方まで押し入れの布団の上で二匹並んで眠る。
この中で私が登場するのは「朝食を出す」シーンだけだ。
私がいようがいまいが彼女たちはこうして日々を暮らしているのだろう、そう思うと不思議と寂しさよりも愛しいような誇らしいような気持ちになった。
私が味方しようとしたり世話を焼こうとしたりするのをお構いなしに、彼女たちは彼女たちのルールで生きている。
そのしたたかさにやっぱり憧れる。

 

 

 

 

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家にいる

レコードの収納スペースが足りなくなってしばらく放置していたのだが、思い切ってレコードラックを買った。
お金はないのでAmazonでいちばん安くて多く入る物をポチる。翌々日には玄関の横に大きな段ボールが置かれていた。
「置き配」は前から利用していたが便利だ。以前は日中仕事で受け取れないからだったが、今は配達員の方の感染リスクを減らすというメリットもある。
家にいろ、と言われ続けている私のストレスはネットショッピングで発散され、それを家に運んでくれる配達員の方々の仕事によって収束している。
この重たい段ボールを、3階まで階段を上って運んでくれた顔の見えない配達員の方へ深く感謝し、そして罪悪感を抱く。

 

久しぶりにやってみて改めて思ったが、私は家具の組み立てという作業がかなり好きだ。
説明書通りに機械的に物事が進んでいく気持ちよさ、パズルがはまっていくように徐々に見えてくる機能を持った形。
幼稚園の頃、折り紙の本を見るのが大好きで、そこに書かれている手順通りに手を動かすと船やら猫やらの形が現れるというのが感動的に快感だったことを思い出す。
自分で設計図を書いて家具を作るというのも好きで、これまで使っていたレコードラックはそうして自作したものだった。だから我が家にはちょっとした工具が揃っている。電動ドライバーさえあれば女だろうと無敵になれる。

 

意気揚々とラックを組み立て始めたのだったが、だんだんと嫌な予感がしてきた。
なんだか、合わない。
サイズは確認して注文したはずなのに、なんだか大きい気がする。
色もなんか変だ。
実際安いんだけど安っぽい。
なんか思ってたのと違う。
電動ドライバーを回してラックの完成が近づくたびに、今いちばん要らない形のテトリスが落ちてくるような残念な気持ちになる。
耐えられなかった。
そして私は最後のネジを締め終えた瞬間、ラックをメルカリで売り飛ばした。

 

見知らぬ誰かが使うための棚を作り終えた私は、なんだかいつもこんな感じだな、と思った。
生活をよくしたいんだけど、なんだか上手くいかない。漠然と不満があり、もっと良くなるはずだという期待があり、でもその方法はわからず、いつもじんわりと疲れていた。

 

家はそんな生活を映している。
そして私はそこにいなければいけない。
レコードを溢れさせどこにも合わない棚を取り付けてしまう私を直視しなければならない。
気が狂いそうだ、と思う。

 

 

 

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3階の部屋

体が重い。
気づかないふりをしていたが、どう考えても重くならない要因を探す方が難しかった。ここ数週間の私の主な行動範囲は、徒歩往復10分圏内のスーパーとコンビニと郵便局、そしてアパート3階までの階段の上り下りだけだ。一方、起床5分で寝巻きのままデスクワークを始める、メリハリのない日々の食生活はジャンクさを増すばかりである。階段を上る腰の重さに、いよいよ私も気づかないふりを諦めた。

 

この部屋で彼と暮らし始めてから三度目の春が来るらしかった。
越してきてすぐ、近くで桜の木が花を咲かせているのを見つけたのに、この部屋の窓が正反対の方角を向いているのを残念に思ったことを覚えている。

 

部屋は私が決めた。
駅から遠すぎず、家賃が安く、そしてなによりも猫を飼える部屋。今現在誰に後ろめたい思いもなく堂々とこの部屋でいっしょに暮らしている猫は、その頃「ペット不可」の彼の部屋でこっそりと飼われていた。彼に拾われ、彼に育てられ、彼に匿われた猫。まあ、当の猫にしてみればいつだって堂々と生きているだけだけで、人間たちが勝手に隠したり引っ張り出したりしているだけだったのだが。
ぴったりの部屋を私がネットで見つけ、彼を連れて内見に行き、すぐに決めた。彼はインターネット環境さえ整っていれば文句はなかったし、私も住環境にこれといったこだわりを持っていなかった。

 

1階の部屋が空いたばかり、3階の部屋はもうすぐ退去が決まっている、そんなタイミングだった。
1階の部屋を見学して、二人ともすぐ「ここでいい」と思った。こだわりがないので、「望ましいものに出会えた」というより、「条件が揃ったからここでいい」という感じ。
ただ、3階の部屋がじきに空くと聞いて、私だけがそちらがいいと思った。3階の部屋の方が、1階よりも家賃が1万円ほど高かった。
家賃を折半することになる彼はしばらく「1階でいいじゃん」と言っていたが、私が絶対に折れなかった。なぜ3階の方が1万円高いのかも、その1万円が高いのか安いのかも、私は完全に理解していた。

 

そうして3階の部屋に私たちは住んでいる。
猫は窓を開けるたびにベランダに出てピンクの肉球を黒くするのが好きで、「1階だったらどこに行ってしまうか心配で窓を開けられなかったな」と彼も私も思う。
そうして毎日上り下りする3階への階段は、私の体が着実に重みを増していることも知らせてくれる。
彼はこのことに気づいているだろうか。
そして私はこんなふうに、彼より何回多く階段を上り、何回多く後ろを振り返り、何回多く暗闇を避けるのだろうか、と思う。

 

 

(noteより移行)